藤田元司監督率いる
読売ジャイアンツと
大沢啓二監督率いる
日本ハムファイターズの対決となった1981年の日本シリーズは、読売ジャイアンツが4勝2敗で勝利し、8年ぶり16度目の日本一。両リーグとも
後楽園を本拠地とするチームが優勝したため、史上初めて全試合同一球場で行われた日本シリーズとなった。第1戦は後半に乱打戦となり日本ハムのサヨナラでスタートしたが、
江川卓、
西本聖の二枚看板を持つ巨人が「
後楽園対決」を制した。日本ハムが2勝1敗とリードした第4戦、1対1の同点で迎えた7回、日本ハムの内野陣の乱れから一挙6点。この6点がシリーズの流れを完全に巨人に引き込んだと言っていいだろう。日本ハムはベテラン・
井上弘昭が孤軍奮闘ともいえる大活躍を見せたが、
トミー・クルーズが骨折で欠場の上、主砲の一人
トニー・ソレイタに全く当たりが止まってしまい、また自慢の投手陣もことごとく打ち込まれてしまった。
巨人の先発は江川卓、日本ハムの先発は巨人時代シリーズ男として鳴らしたベテラン
高橋一三。初回、いきなり
トニー・ソレイタ得意の左方向へのホームランで日本ハムが先制。3回
高代延博の犠牲フライ、4回
柏原純一のソロ本塁打、6回
菅野光夫のタイムリーと小刻みに点を重ねた。しかし巨人も反撃。7回、江川の代打・
平田薫、1番の
松本匡史の連続二塁打で1点を返し、8回もヒットとエラーで1、2塁。1死を取りバッター
山倉和博という場面で、日本ハムはリリーフエース
江夏豊を投入。しかしその江夏が誤算。山倉は打ち取ったものの、セカンドに入っていた9番平田、1番松本匡に連打され、同点に追いつかれてしまう。その裏、
岡持和彦が勝ち越しソロホームランを放ち、今度こそ勝負あったかに見えたが、9回、江夏が3番に入っていた
加藤初の代打、
松原誠に一発を浴び、リードを守り切れずまさかの途中降板。だが、その裏から登板した巨人のリリーフエース・
角三男も不調。1死を取ったものの、途中からライトに入っていた
服部敏和に中前安打を許し、柏原も四球。右の代打の切り札・
井上弘昭が0-2から3球ファウルで粘った後、角のストレートをレフト前にはじき返し、日本ハムがサヨナラ勝ち。両軍ともリリーフエースが崩れる波乱の幕開けとなった。