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「1965年の日本シリーズ」||スポーツ-master.com 【05/29update】

1965年の日本シリーズ wikipedia|無料辞書

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1965年の日本シリーズ(1965ねんのにっぽんシリーズ)は、1965年10月30日から11月5日まで行われたセ・リーグ優勝チームの読売ジャイアンツパ・リーグ優勝チームの南海ホークスによる日本プロ野球日本選手権シリーズである。後楽園球場大阪球場で行われた。

◆ 試合結果・戦評

◇ 第1戦
10月30日 大阪 入場者数:30094人
[外部リンク]審判パ川瀬(球)セ富沢、パ田川、セ岡田(塁)セ松橋、パ道仏(外)
大阪球場で始まった第1戦。巨人・金田正一、南海・杉浦忠の両ベテランが先発。2回、王貞治のソロホームランで巨人が先制。5回には柴田勲のソロ本塁打、王のこの試合2本目のソロ本塁打で2点を追加。右ひじ故障から戻ったばかりの杉浦に多くは望めなかった。6回には南海2番手の新山彰忠から金田がタイムリーヒットを放ち、4点目。南海は7回裏、井上登の四球から小池兼司森下整鎮のヒット、鈴木正の犠牲フライで2点差まで詰めたが、反撃もここまで。金田はプロ16年目にして初めての日本シリーズ登板を完投勝利で飾った。

◇ 第2戦
10月31日 大阪 入場者数:30139人
[外部リンク]審判セ富沢(球)パ小島、セ有津、パ田川(塁)パ道仏、セ松橋(外)
第2戦は巨人・城之内邦雄と南海・スタンカの先発。1回裏、ブルームと野村克也のヒット、堀込基明の犠牲フライで南海が2点先制。さらに5回裏、森下、広瀬叔功、ブルームの連打で2点追加で4点を挙げ、南海ペースで試合は進んだ。しかし7回表、巨人が1死から長嶋茂雄が四球で出塁、森昌彦がヒットで続くと、川上監督は代打攻勢に出た。まず、吉田勝の代打・国松彰がタイムリーヒットを放ち、1点を返す。続いて土井正三の代打・柳田利夫が右中間を破る2点タイムリー二塁打。ここで南海はスタンカをあきらめ、三浦清弘を送るが、巨人の勢いを止めることはできなかった。さらに須藤豊の代打・塩原明も安打で続き、2番手投手・益田昭雄の代打・広岡達朗も四球出塁と、4者連続で代打策成功。そして1番の柴田勲が犠牲フライを放ち、この回一挙4点を挙げ、同点に追いつく。そして延長10回表、1死から三浦が王に死球を与えてしまう。これに燃えた長嶋が三浦の初球をレフトスタンドに決勝2ランホームラン。7回裏から登板し、4イニングをパーフェクトに抑えた宮田征典が勝利投手。巨人が2連勝で後楽園に戻ることとなった。

◇ 第3戦
11月3日 後楽園 入場者数:32151人