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「1961年の日本シリーズ」||スポーツ-master.com 【05/29update】

1961年の日本シリーズ wikipedia|無料辞書

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1961年の日本シリーズ(1961ねんのにっぽんシリーズ)は、1961年10月22日から11月1日まで行われたセ・リーグ優勝チームで監督就任1年目の川上哲治監督率いる読売ジャイアンツパ・リーグ優勝チームの鶴岡一人監督率いる南海ホークスによる日本プロ野球日本選手権シリーズである。後楽園球場大阪球場で行われた。

◆ 試合結果・戦評

◇ 第1戦
10月22日 大阪 入場者数:30720人
[外部リンク]審判二出川(球)セ津田、パ上田、セ円城寺(塁)パ田川、セ滝野(外)
大阪球場で始まった第1戦は、10月21日の予定が雨で順延となり翌22日開幕となった。2回、野村克也がライトへソロ本塁打を放ち、先制。更に2死満塁から半田春夫が三塁・長嶋茂雄を襲う内野安打で追加点。更に穴吹義雄寺田陽介の本塁打などで4回から7回まで連続得点。南海の先発は許した出塁がわずかに4(3安打1四球)、いずれも併殺に仕留め、打者27人の完封勝利。

◇ 第2戦
10月24日 大阪 入場者数:26845人
[外部リンク]審判筒井(球)パ浜崎、セ滝野、パ田川(塁)セ円城寺、パ上田(外)
続く第2戦はまた雨で1日延びた。南海の先発、祓川正敏は1回、2回と走者を2人ずつ出す苦しいピッチング。鶴岡監督は、3回に早くも祓川を諦め、皆川睦雄を送るが、3回パスボールで1点を失うと、4回には広岡達朗塩原明の連続タイムリーで2点追加。さらに6回にもルーキー高林恒夫がタイムリーヒット。8回にも2点を挙げ、第1戦とは逆に6-0と一方的な巨人ペース。しかし南海は8回裏穴吹の本塁打を皮切りに3点を挙げ、9回にも野村のタイムリー二塁打で2点差まで詰め寄るが、巨人は堀本律雄から中村稔につなぎ、なんとか逃げ切った。
巨人はこの第2戦の勝利で、1958年第4戦から続いていた日本シリーズでの連敗を9で止めた。9連敗は現在も日本シリーズ最多連敗記録として残っている

◇ 第3戦
10月26日 後楽園 入場者数:30878人