1953年の日本シリーズ wikipedia|無料辞書
◆戦評
巨人は独走状態で
セ・リーグを勝ち上がり、対する南海は首位が28回も入れ替わるという史上まれに見る大混戦の
パ・リーグを勝ち上がっての対決で、3年連続「巨人-南海」の同一カードだった。
この年、日本シリーズ終了後に行われる
日米野球の影響から移動日が無いというハードなシリーズだった(第3戦が引き分けとなったことにより、第7戦で南海が勝利して3勝3敗となった場合は、第8戦は11月にずれ込むことになっていた)。
◇第1戦
6回裏南海は、島原、飯田の連打で1点を追加。
しかし直後の7回表、樋笠の四球から
広田順のヒットで3-2とする。9回表、巨人は同点に追いついき延長戦にもつれ込む。延長12回裏南海がサヨナラ勝ち。南海が初めて1勝目を挙げた。
◇第2戦
続く第2戦、巨人の先発は
藤本英雄、南海の先発は
中村大成。先制したのは巨人。2回表に1点を先制する。しかし、南海は
筒井敬三、
木塚忠助のヒットで同点に追いつく。さらに6回裏には、岡本、飯田の連打で2-1と逆転。
7回表、巨人は藤本のヒットから
与那嶺要の2ランホームラン、
千葉茂、
南村侑広のソロホームランが飛び出す。3本のホームランで巨人は4点を奪って一気に逆転。8回裏、南海は飯田がソロホームランを放つが万事休す。
5-3と巨人が逆転し1勝1敗のタイに追いついた。
◇第3戦
後楽園球場で行われた第3戦。巨人の先発は
別所毅彦、南海の先発は
中原宏。先制したのは巨人。1回裏与那嶺のヒットから南村のヒットで先制。
しかし、南海は3回表中原のソロホームランで同点に追いついた。
さらに巨人は5回裏、広田、与那嶺の連打で2-1と突き放す。
8回表、
蔭山和夫のヒット、
島原輝夫の2ベースヒットで同点に追いついて2-2とする。南海の先発、中原は6回途中まで巨人打線を2失点と好投し、対する別所も南海打線を抑え続けていた。
そして9回表、南海の攻撃が始まる際、雨足が強くなったために『降雨コールド』で引き分けとなってしまった。
◇第4戦
後楽園球場で行われた第4戦。巨人の先発は大友、南海の先発は
中谷信夫。
先制したのは巨人。2回裏、
岩本尭のヒットで1点を奪う。5回裏も、広田のヒットから
川上のタイムリーで2点を奪い3-0とリード。
一方南海は、巨人の先発・大友の前で5安打完封と7奪三振という痛い黒星に終わる。
◇第5戦
後楽園球場から大阪球場に移った第5戦。巨人の先発は
入谷正典、南海の先発は
柚木。先制は巨人。1回表に川上の2ベースで1点奪うと、4回にも1点追加し2-0とする。
8回表には、与那嶺の3塁打から南村のヒット、川上の2塁打で2点を奪って4-0。さらに9回には岩本のソロホームランで5-0と主導権を握る。
対する南海は、入谷の前に安打完封と7奪三振と痛い黒星に終ってしまい、巨人に王手をかけられた。
◇第6戦
大阪球場から甲子園球場に移った第6戦。巨人の先発は藤本、南海の先発は大神。この試合は投手戦になった。後が無い南海は、大神に託すことになっての登板だった。
先制したのは南海。3回裏、島原のヒットから岡本の打球で相手のエラーを誘い、堀井の4球を挟み、
簑原宏のヒットで2点を奪う。
この2点が決勝点になった。対する巨人は大神の気迫の投球に押さえ込まれてしまう。大神は打たれながらのピッチングで巨人打線を抑え込み、決め球のシンカーが巨人打線を翻弄させ2-0の完封勝利。
崖っぷちから2勝目を上げての勝利だった。この試合で入場者数が実に6,346人と日本シリーズで最も入場者数が少なかった試合と記録に残ってしまった。
◇第7戦
後楽園球場に移った第7戦。巨人の先発は別所、南海の先発は
小畑正治。先制は巨人。1回裏、相手のエラーで1点を奪う。南海は6回表、
松井淳、木塚のソロホームランで2-1と逆転。
そこから、前日好投の大神の連投だったがそれが裏目に出てしまう。与那嶺の2塁打を皮切りに南村、川上、
柏枝文治の連打で3点を失ってしまい4-2の逆転されてしまう。
対する巨人も別所から大友に変えて、南海打線を抑え続けた。9回表も3人で抑え、巨人が4勝2敗1分で、3年連続3度目の優勝に輝いた。
◆ 試合結果
◇ 第1戦
10月10日 大阪球場 入場者数:24913人(延長12回)
◇ 第2戦
10月11日 大阪球場 入場者数:30524人