出世が早く、髪の毛の伸びが追いつかず2000年3月に初めて髷を結えた。2000年
7月、
幕内昇進するが、大銀杏が結えるようになったのは2000年9月になってから。念願であった部屋の横綱・
曙の土俵入りで露払いを務めた(幕内に昇進しても大銀杏が結えないと横綱土俵入りに参加できない)。現在、横綱・朝青龍の太刀持ち又は露払いを務めている。
2003年には幕内上位〜
三役(小結)に定着し、大関昇進を強く期待されていたが、同年11月場所前の出稽古で、朝青龍から同年7月場所で敗れた報復ともとれる極めて危険な
バックドロップのような吊り落としを受け、右差しを得意とする相撲の生命線ともいえる右肩を
亜脱臼。医者から「もう治らない。ずっと痛みと付き合っていくしかない」と診断されるほどの重傷を負い以後低迷。(この際師匠の
東関親方は
高砂部屋への出稽古の中止を宣言)。この影響からかその後も衰えない人気とは裏腹に、現在は幕内中位以下が定位置となってしまっている。