隅田川 wikipedia|無料辞書
◆ 流域の自治体
;埼玉県
;東京都
◆ 歴史
古くは
835年(
承和2年)の
太政官符に「
住田河」として記されており、「
宮戸川」などとも呼称されていた。
江戸時代に入ると、
吾妻橋周辺より下流は
大川(おおかわ)とも呼ばれていた。今でも
古典落語などでは「大川」が出てくる。また、大川右岸、特に吾妻橋周辺から
新大橋周辺までを
大川端(おおかわばた)と称する。
:
元荒川沿いの
埼玉県さいたま市岩槻区南平野からゆるやかに蛇行しつつ
春日部市梅田で
古利根川に合流する河川と、東京都
足立区中川付近で
中川から分かれ
葛飾区小菅で
綾瀬川に合流する河川(現在は多くの区間が暗渠化されている)が
古隅田川(ふるすみだがわ)と呼ばれている。東京都の古隅田川は足立区と葛飾区の境界となっており、古くは現在の「隅田川」区間とともに武蔵国と下総国の境界の一部を構成していた。埼玉県の古隅田川も併せて考えると、「隅田川」とは、古くは現在よりも長い区間にわたって荒川を合わせた後の
利根川、あるいはその分流の下流部を指す呼称であったらしい。
◆橋梁
江戸期において防備上の視点から架橋が制限されたこともあり、明治期ごろまでは多くの
渡しによって両岸が結ばれていたが、交通量の増加に伴い次第に木橋などで架橋が進んだ。後の
関東大震災でその多くが被害を受けたために鉄橋に架け替えられ、また自動車時代の幕開けとともにより多くの橋の建設が行われた。
それぞれが特徴のあるデザインとなっている(参照)。近年では災害対策連絡橋を主とした橋や遊歩道的な歩行者専用橋なども架けられ、よりバリエーションが豊かになっている。
◇橋梁一覧
;歩行者通行
○ - 可能
× - 一般不可
◆ - 歩行者専用