1961年(昭和36年)9月場所、元
横綱・
吉葉山の興した宮城野部屋より初土俵。前職は
トラックの運転手だった。
1965年(昭和40年)11月場所、新
十両となり、
1967年(昭和42年)3月場所、新入幕で13勝(新入幕の最多勝記録である)して敢闘賞を受賞。
1968年(昭和43年)7月場所では敢闘・技能の両賞を手にする活躍を見せた。関脇在位は1場所にとどまったが、盛んに奇手『河津掛け』やアゴを上げたままで強引に吊り出すという荒っぽい取り口で、セオリー無視の豪快な相撲で個性派力士として名をはせ、“
東北の暴れん坊”の異名をとった。一時期は親方の養女と結婚、部屋の後継者とも目されたが、後に離婚し、後継候補からおりた。