1956年3月場所で
初土俵を踏んだ。以来出世街道を驀進し、
三段目までは各段1場所で突破したが、
幕下に上がってからは膝の怪我もあって
十両昇進まで約3年を要した。十両昇進は、
1960年1月場所。同年7月場所、20歳で新入幕を果たした。色白の美男幕内力士として人気があった。
1961年11月場所では直前に揃って横綱に昇進した
柏戸と
大鵬をともに破って殊勲賞を受け、
1964年3月場所でも新横綱の
栃ノ海を破り「新横綱キラー」として名を馳せた。しかし、持病の
痛風や負傷のために大成できず、
1967年9月場所を最後に十両に陥落。十両尻まで下がり途中休場した
1968年3月場所限り、28歳の若さで引退した。大柄なのに前捌きが巧く、相手に左差しを許さないほど右脇が堅かった。これは部屋付きの
浅香山親方(元
小結・
若瀬川)の指導の賜だったとされる。しかし腕力が強く捻り技や
首投げで横綱達を倒したのが良くなかったか、これに拘るきらいがあった。