かつては下流域で木曽川・揖斐川と
合流・
分流を繰り返していたため、木曽川の「
支流」という扱いになっていたが、
木曽三川分流工事により、現在は
堤防によって
河口まで流路が分けられている。また、昭和初期まで中流域の岐阜市長良福光で長良古川と長良古々川が分派していたが、
1939年(昭和14年)に完成した長良川改修工事によって締め切られ、現在の姿となった。締め切りによって生まれた約160
haの広大な土地には岐阜県総合運動場(現・
岐阜メモリアルセンター)、岐阜市立中学校(現・
岐阜県立岐阜北高等学校)、
岐阜県立岐阜商業高等学校、岐阜市立伊奈波中学校、
岐阜市立明郷中学校などの文化施設や教育機関、県営近の島住宅などの
住宅団地が多数建てられ、岐阜市の発展の一助となった。なお、長良古川は「早田川」、長良古々川は「正木川」として、かつての流路を確認する事が出来る。