7歳の頃、卓球を始める。初めはシェークハンドラケットを使用していたが、卓球を始めて2年ほどでペンホルダーラケットに変える。1988年、12歳の頃に河北省代表チームに入り、その後1991年、16歳で中国国家チームに入る。
1998年、河北省代表チーム時代の先輩で、先に日本でプレーしていた
樊建欣(ファン ジェンシン、日本名・
高田佳枝)の勧誘で来日し、
日本卓球リーグの強豪・
日本生命の外国籍選手として活躍。2004年、日本に帰化し満麗から金沢咲希となる。2005年、
世界卓球選手権上海大会(個人戦)に日本代表として初出場。ブレーメン大会(団体戦)では日本代表チームの柱として出場し、銅メダルを獲得する。以後、日本代表の中で数少ないサウスポー及びペンホルダーの選手として活躍している。