国際試合においては、
国際野球連盟(IBAF)が主に統括しているが、かつては
金属バットの使用を認めており、またプロそのものの参加が認められていなかったため、かつて野球日本代表はアマチュア選手(
学生野球・
社会人野球)の
ナショナルチームであり、代表選手選出においてもアマチュア協会側が主導で決定してきた
[オリンピックへの選手派遣にあっては、アマとプロの協定によりかつてプロ凍結選手制度が存在した。]。ところが
IOCによるオリンピックへのプロ派遣要望等を受けて、
1998年、国際大会へのプロ参加容認等が転機となり、野球日本代表の在り方を巡っては、それぞれの団体の思惑等も絡み、大会毎に対応が異なってきた歴史がある。
1954年、
アジア野球選手権開催にあたり、アマチュア球界で代表チーム編成のため、
日本学生野球協会と日本社会人野球協会(現
日本野球連盟=JABA)が共同で「日本アマチュア野球協会」を結成する。ここから代表チームが編成される。これが野球日本代表の最初と言える
[それまでは大学選抜、職業野球選抜は「代表」とは言い難い。]。「日本アマチュア野球協会」からアジア野球選手権に6回代表チームを送りこむ(社会人3回、学生2回、混合1回)。しかし「日本アマチュア野球協会」を、
日本バレーボール協会や
日本サッカー協会のようなアマチュア野球の統括組織にしようとする動きに日本学生野球協会が反発。1966年学生協会が脱退。アマチュア協会は空中分解し解散した。