1971年9月場所で
十両昇進を果たし、その場所勝ち越すが、場所後に玉の海が27歳の若さで急逝。そのショックから、しばらくは
幕下と十両を往復するなど低迷したが、後輩の
玉ノ富士に
番付で追いつかれてからは再度奮起。
1974年5月場所、23歳で入幕し、以降は玉ノ富士と2人で片男波部屋の再発展に尽力した。平幕と十両、
幕内の上位と下位との往復を幾度も繰り返したが、5度目の入幕の時は1場所だけだが小結への昇進を果たしている(1979年7月場所、4勝11敗)。しかし1979年9月場所中、右足大腿部の大怪我により途中休場し間もなく十両に陥落。その後は幕内に戻ることも叶わず、十両と幕下を2度往復した後、西幕下25枚目に在位した
1984年3月場所を最後に32歳で引退した。なお、入門より引退まで一度も改名することがなかった。