1925年のライバル・御影蹴球団との準決勝は、今でも「日本サッカー史上最大の紛糾試合」として語り草になっている。10月30日の準決勝は、両チーム譲らず1-1の引き分け。その日は日没となったので延長戦は翌10月31日に行なわれ、御影蹴球団が1点を奪取して2日がかりの試合に決着をつけたと思われたが、鯉城蹴球団から抗議が起こった。御影は前日負傷した選手に代わって、登録外の選手を出場させた、というアピールだった。延々6時間、話し合いは難航に難航を重ねた。結局、鯉城蹴球団の抗議が認められ再試合になったものの、これも引き分けとなり日没になった。11月1日朝8時から延長戦だけを行い、ようやく清水が決勝ゴールを挙げ3-2となり、3日がかり4試合のケリをつけた。選手全員はクタクタに疲れ切っていたが、翌11月2日の決勝戦は
東京大学を3-0と一蹴して二連覇を果たした。