四股のうつくしさは天下一品といわれ、両足を手の支えなしで一直線にのばした姿は模範として長く言及された。また、師匠ゆずりの上手投げも鋭く、
幕内の人気力士として活躍した。しかし、同系統の部屋のない追手風部屋は、当時の
系統別総当たり制の時代には対戦相手の面で不利であったことが
関脇昇進を阻んだという意見が、現役時代からあがっていた。しかし、その条件のもとで、
1958年9月場所の引退まで、10年以上にわたって幕内を維持し、十両に落ちなかったことはその実力をしめしている。最後の
三役在位であった1958年1月場所には、
鏡里・
吉葉山の両横綱を倒し、二人の引退の遠因ともなった。