東亜大学2年の時に
外野手から投手に転向。ベンチ入りも出来なかったショックで大学を中退するが、「投手としての自分をまだ試し切っていない」と
2005年に
四国アイランドリーグの
香川オリーブガイナーズへ入団した。入団1年目は制球難に苦しみ結果をだすことができず、オフはレタス農家で住み込みで働いた。入団2年目の
2006年は監督、コーチの助言をきっかけに急成長を遂げた。リーグ戦では主に
セットアッパーとして起用され、
防御率1.01を記録して、最優秀防御率のタイトルを獲得、チームの総合優勝に貢献した。NPB2軍との交流戦でも好投して、NPBスカウトの注目の的になった。
2007年はシーズン前に脇腹を痛め、1軍登録には至らなかった。シーズン終了後、11月から12月にかけて
三木均とともに
ドミニカ共和国のウィンターリーグに参加した。現地での評価は悪くなかったが、
日本プロ野球選手会の協定により12月1日以降は試合出場ができないため、実戦での登板機会は3試合(1回1/3)にとどまった。