1956年5月場所に小野川部屋から
初土俵をふむ。最初は本名の入井で
番付についたが、改名しようとして、海力山(かいりきざん)と届け出た。しかし、発表された
1957年1月場所の番付には、海乃山と記載されていた。筆記係の
行司が間違えたらしいのだが、結局そのまま「かいのやま」で通すことにした。
三段目時代に一度負け越しただけで順調に昇進し、
1959年7月場所に19歳で新
十両となった。一度は
幕下に陥落したが、そこで信夫竜と改名してからふたたび上昇気流にのり、
1961年1月場所に新
入幕を果たした。しかし、
四股名は1961年9月場所の再入幕の際に海乃山に戻した。