実家は農家。憧れの力士は同じ北海道出身の前頭・
双ッ龍であった。彼が巡業で
札幌市内を訪れた際に入門を志願し許され、その所属部屋である時津風部屋に入門。
1956年9月場所で
初土俵を踏んだ。同期生には後の大
横綱・大鵬の他、
大関・
清國や
前頭の
大心・
玉嵐らがいる。
幕下にいた
1960年3月頃廃業を決心し、親方に内緒で部屋を飛び出し、大阪で旋盤工の仕事をしていた事があった(結局1ヶ月ほどで翻意し、東京に戻っている)。
1962年1月場所にて新
十両。
1963年9月場所では十両優勝を果たし、翌11月場所、22歳で入幕した。そしてその場所、10勝を挙げて敢闘賞を受賞している。1964年5月場所、東
前頭4枚目で8勝7敗という平凡な星ながら優勝した横綱・
栃ノ海を破った一番が評価されて殊勲賞を受け、7月場所では
三役(小結)昇進を果たした。しかし、2勝13敗と大きく負け越して三役経験は結局、この1場所だけに終わっている。翌9月場所も5勝10敗と負け越し、11月場所では幕尻まで下がり初日から休場。結局、同場所を最後に23歳5ヶ月という若さで廃業してしまった。激しい突っ張りから右を差して一気に寄る闘志あふれる取り口で観客を喜ばせ、三役を経験し、
三賞も数回受賞しながらの早すぎる相撲との訣別は好角家から大いに惜しまれた。廃業後は、
京都府内で相撲料理の店などを営んだという。