このとき、教授頭取となったのが
会沢正志斎であり、彼と後述する藤田東湖が、幕末水戸学を代表する人物として言及されることが多い。学問としては、
古事記・
日本書紀などの建国神話を基に『道徳』を説き、そこから日本固有の道徳を明らかにしようとした。中でも、この弘道館の教育理念を示したのが「弘道館記」で、署名は徳川斉昭になっているが、実際の起草者は
藤田東湖であり、藤田は「弘道館記述義」を著し、解説の形で尊王思想を位置づけた。これらは水戸学の思想を簡潔に表現した文章として著名で、そこには「
尊王攘夷」の語がはじめて用いられ、また「神儒一致、文武合併」の考え方が示されている