水入り wikipedia|無料辞書
水入り(みずいり)とは、
大相撲(
十両以上の取組)において、長時間の取組(いわゆる大相撲)になり、疲労などのために取組に進捗が見られない状態になった際、
行司の判断によって取組を一時中断することである。水入りになることを「水が入る」ともいう。
◆ 概要
大相撲では、重い体重を生かし、瞬間的な筋力で自重もろとも対戦相手に突進し体勢を有利に展開する戦法が非常に効果的だが、逆にその重い体重を急激に動かすには、
瞬発力が必須である。取組が長時間にわたって
筋が疲労し、瞬発力が十分に発揮できなくなると、双方が力を十分に出し切れない状況に陥ることがある。
4分を超えたあたりから(攻防が激しく、両者の疲労が大きいと判断された場合はこの限りではない)、赤房下の計時係審判が経過時間を見て、膠着状態になったとき正面の審判長に合図を送り、審判長が手を挙げて、行司の判断により中断させる。水入りが頻繁にあった時代の取組では、2分30秒を越えると水入りとなる事が多かった。
取組を中断させる際には、行司は、双方の
足の位置、組み方などをよく観察した上で、両
力士に短時間の休憩を促す。再開時にはそれらを入念に水入り前と同じにしたあと、行司の合図により取組再開となる。両力士や
勝負審判は、水入り前の状態が再現されているかどうかについて、行司に異議を唱えることができる。
ビデオ判定導入後はビデオ室の意見も参考にするようになった。水入りの間中、行司は
土俵上で双方が組み合っていた場所を離れず、足の位置を注視し、記憶していることが多い。
なお、
幕下以下の取組は水入りは無く、万が一取組が長引いたときには、その取組の2番後に取り直すことになっている。
所要時間の長さでは、
1951年(昭和26年)9月場所14日目、前頭11枚目
大起 - 同10枚目
二瀬山戦(
寄り切りで大起の勝ち)は2番後取り直しの相撲でも水入りとなり、合計32分(当時の
割の空白欄に「32分」の記載が確認されている)。この記録が最長である。昭和以降で正味20分以上かかった取組は、
1931年5月場所8日目の
関脇天龍 - 大関
能代潟戦、
1932年5月場所5日目の大関能代潟 - 関脇
沖ツ海戦、
1952年5月場所11日目の前頭9枚目大起 - 同16枚目
潮錦戦がある。このうち天龍 - 能代潟戦は水入り後も決着がつかず、2日後に再戦(天龍の勝ち)した。
◆ 平成以降水入りが行われた幕内の取組
太字が勝った力士