山の北側、現在広島市立まんが図書館がある広場は、通称・御便殿跡(ごべんでんあと)と呼ばれる。ここは
1894年(明治27年)の
日清戦争時に
大本営とともに
基町の
広島城内に併設された
明治天皇の行在所(御便殿)を
1909年(明治42年)にこの地に移したもの。
昭和天皇も
即位直前の
1925年(
大正15年)
5月26日に、祖父の明治天皇ゆかりの地であるここに立ち寄って市内展望を行っている。それを記念して建てられた「皇太子殿下御展望記念碑」が現在もある。
1945年(
昭和20年)
8月6日の
原爆で広場の北側にあった建物は無くなったが、基礎の石垣部分は1980年半ば頃まで残っていた。その石垣の南側には1970年頃まで、動物小屋が幾つかあり小動物が飼われてミニ
動物園のようになっていた。
広島市安佐動物公園開園でそこへ動物は引き取られ小屋は撤去され、御便殿の石垣ともども現在は無い。