着実に番付を上げていったが、
2000年(平成12年)5月場所中に左肘を故障し途中休場を余技なくされた。以降、休場が続き一時は
序二段まで番付を落とした。幕下まではすぐに番付を戻したが、膝の調子が思わしくなかったこともありなかなか幕下中位に定着できず、一時は引退を考えた時期もあった。しかし周囲の励ましも有り奮起し、
2003年(平成15年)1月場所から5場所連続勝ち越して同年11月場所には
十両に昇進を果たした。また、この場所での
公傷制度廃止により、幕内と十両に番付がそれぞれ一枚ずつ追加された影響で、7勝8敗と負け越したにもかかわらず、翌場所は幸運にも番付が一枚上がった。一枚左四つを取ると力を発揮し、十両でも安定した成績を残し、十両に定着した。怪我もあり、幕下に陥落していたが、
2006年(平成18年)11月場所にて5勝2敗と勝ち越し、翌
2007年(平成19年)1月場所での十両復帰を果たした。その場所では9勝6敗と勝ち越したが、3月場所から2場所連続で負け越し、7月場所は幕下に陥落した。その後しばらく幕下に低迷したが2008年3月場所、東幕下筆頭で4勝3敗と勝ち越し、5月場所で1年ぶりに十両に復帰し9勝6敗と8場所ぶりとなる十両での勝ち越しを決めた。7月場所では、千秋楽で同じ勝敗で並んでいた
北太樹との直接対決を制して、12勝3敗で十両優勝を果たした。これにより新入幕の可能性もあったが、翌場所は東十両筆頭に留め置かれた。続く9月場所も勝ち越しを決め、年6場所制となって以降で
星岩涛の33歳11ヶ月に次ぐ歴代2位の年長新入幕を果たした。