洲本市立青雲中学校在学時より相撲を始め、卒業後、
川崎重工業の相撲部を経て
1962年に高砂部屋に入門。同年5月、20歳で
初土俵を踏んだ。アマチュア相撲で5年間鍛えた実力を発揮し、
1964年11月、初土俵から僅か2年半で
十両に昇進。その後、1966年3月場所にて新入幕を果たした。入幕時の年齢は24歳であった。この場所、
鶴ヶ嶺や
麒麟児を倒すなど9勝を挙げている(結局、同場所が幕内で自身唯一の勝ち越し場所となる)。しかし、自己最高位の前頭10枚目に昇進した翌5月場所では、2勝13敗と大敗した。初土俵から入幕まで3年10ヶ月というスピード出世ぶりであったが、持ち前の押し相撲が幕内では中々通用せず、幕内在位は僅か3場所に終わった。最後は西幕下11枚目まで番付を落とし、
1969年7月場所限り、28歳の若さで廃業。その後は、
東京都江戸川区南小岩にて相撲料理の店「あさをか」を経営していた。