こうして公約通り
1924年6月11日衆議院議員選挙法(
普通選挙法)は改正(成立)された。しかし、政府原案中の、選挙・被選挙権資格規定に関しては、
1925年2月の
枢密院の修正(被選挙者の年齢を30年以上とする。貧困のため公私救恤を受ける者や住居不定の者には選挙・被選挙権を与えない。華族の戸主は選挙・被選挙権を有しないなど)があった。これに対し、衆議院は3月の第50議会でを削除したが、貴族院はこれを復活。さらに貴族院は政府原案中にあった「貧困ノタメ」を削り、欠格範囲を拡大したが、両院協議会での協議により「貧困ノタメ」を「貧困ニ因リ」」とすることで妥協が成立(
2月13日)した(「貧困ニ因リ」を加えることにより、兄弟・親子の相互扶助は欠格要件とならないことした)。
それまでの納税額による
制限選挙から、納税要件が撤廃され、
満25歳以上の全ての成年男子に
選挙権が与えられることが規定された。これにより
有権者数は、
1920年(大正9年)5月現在において307万人程度(人口に対し約5.5%)であったものが、改正後の
1928年(昭和3年)3月には1240万人(人口に対し20.1%)と、4倍になった。ただし、成年女子に選挙権が与えられることはなかった。議員定数は466議席。中選挙区制で定数は3〜5である。また、新たに選挙運動の制限とその費用の法定制が設けられ、人民代表法的な性格から、選挙取締法的な性格へと、日本の選挙法は転換していった
[講座『日本近代法発達史』4、ISBN 9784326448036]。