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「日本相撲協会」||スポーツ-master.com 【02/10update】

日本相撲協会 wikipedia|無料辞書

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|製品=
|主眼=
|活動内容=相撲の指導普及
|活動手段=本場所巡業興行
|収入=事業活動収入109億円
投資活動収入 56億円
(2008年度)[外部リンク] 平成20年度決算のご報告 収支計算書、日本相撲協会、2009年9月9日閲覧。
|基本財産=正味財産449億円
(2008年12月末)[外部リンク] 平成20年度決算のご報告 財産目録、日本相撲協会、2009年9月9日閲覧。
|ボランティア人数=
|従業員数=
|会員数=
|子団体=相撲博物館
|標語=
|ウェブサイト=[外部リンク] www.sumo.or.jp
|解散=
|特記事項=
-->
財団法人日本相撲協会(にほんすもうきょうかい、英文名: Japan Sumo Association)は、大相撲の興行、相撲競技の指導・普及、相撲に関する伝統文化の保持のために1925年に設立された特例財団法人である。
寄附行為第3条(目的)において、「この法人は、わが国固有の国技である相撲道を研究し、相撲の技術を練磨し、その指導普及を図るとともに、これに必要な施設を経営し、もって相撲道の維持発展と国民 の心身の向上に寄与することを目的とする。」と定められている。

◆ 概要
日本相撲協会は、商業的かつ職業的な相撲興行に関して、全国規模で開催している唯一の法人である。通称「相撲協会」。文部科学省スポーツ青少年局競技スポーツ課所管(中央省庁再編前は文部省)の特例財団法人であり、英文字略称は「Japan Sumo Association」の略のJSAだが、ほとんど使われていない。
主たる事業は、本場所巡業興行青少年学生への相撲の奨励、相撲教習所の維持運営、国技館の維持運営、相撲博物館の維持運営、構成員の福利厚生などである。これらの事業を実施するため、事業部、審判部、巡業部、地方場所部、指導普及部、生活指導部、総合企画部、相撲教習所、観察委員会、公傷認定委員会、広報部などがあり、それぞれの長は理事が務める。構成員は、年寄力士行司呼出床山若者頭および世話人などである。
公益法人としての資格については、「興行に拘りすぎて、財団法人としての責任義務を果たしていないのではないか」という意見も多数あるが、公益事業として相撲の指導普及を図るため指導普及部を設置し、指導普及部一般会員の進級試験も行っている。
2007年八百長疑惑、時津風部屋力士暴行死事件横綱朝青龍の無断帰国・巡業休場問題が相次いで発生し世間の注目を集めた。さらに2008年8月には、協会の再発防止検討委員会が実施した抜き打ちドーピング検査による大相撲ロシア人力士大麻問題で、当時の北の湖理事長が辞職した。この検査は、世界アンチ・ドーピング機関及び日本アンチ・ドーピング機関の認定検査機関である三菱化学メディエンスが実施した。これらの諸問題に対し、公益法人としての責任が問われている。

◆ 沿革
母体は東京に本拠を置いた「東京大角力協会」であり、その起源は江戸時代に遡る。下記以外の歴史については『大相撲の歴史』を参照のこと。
1925年(大正14年)12月9日- 時事通信社が「東京大相撲協会が財団法人大日本相撲協会に組織替え」と報道(当時の正式名称は「東京大角力協会」)
・1925年12月28日- 財団法人大日本相撲協会設立の認可がおりる。
・:当時摂政皇太子であった昭和天皇の台覧のおり下賜された奨励金から「摂政宮賜杯」(現在の天皇賜杯)をつくったが、興行主に過ぎない団体が菊花紋章の入った優勝杯を使用するわけにはいかず、財団法人認可を受けた。この認可も、どうやら難しそうだと見て、あえて年末に申請して強引に認可を受けたという裏話が残っている。
1927年1月5日- 大坂相撲協会が解散し大日本相撲協会に合流し東西大相撲が合併
・1927年1月7日- 新しい番付を発表(1925年から1926年にかけて行われた東西連盟大相撲の成績をもとに作成)
・1927年1月8日- 役員改選し、会長には福田雅太郎(陸軍大将)が就任
1928年1月- 大日本相撲協会に改称
1966年4月1日 - 財団法人大日本相撲協会から財団法人日本相撲協会に改称(文部省関係許可認可等臨時措置令施行規則の一部を改正する省令(昭和41年文部省令第6号))

◆ 役員

◇ 歴代理事長