日本コークス工業株式会社(にほんコークスこうぎょう)とは、海外炭の輸入を中心とした
エネルギー事業、粉粒体機器をメインとする化工機事業を主力とする
会社。2009年4月1日をもって、三井鉱山株式会社(みついこうざん-)から社名を変更した。
戦前は三井財閥の中核企業として
日本国内のみならず国外にも多数の炭鉱、各種鉱山を有していたが、戦後の
財閥解体で解体され、
1950年には金属部門が神岡鉱業(現在の
三井金属鉱業)として分離し、
1973年には石炭部門も
三井石炭鉱業(
2006年清算)として分離した。この結果、日本国内の炭鉱事業に専念することになった。この間に総資本対総労働と称される
三池争議などが発生して労使関係に苦しみ、事業構造転換に出遅れ経営体質を改善することができなかった。
1969年の企業組織再編後も、関連会社の三井石炭鉱業の経営危機(
1997年三井三池鉱閉山)や本業不振が続いた。ファインセラミックスや極細炭素繊維など新規事業への多角化を目論んだものの財務体質・技術力の限界からいずれも成功はしなかった。
2003年にはついに債務超過状況を改善できないまま
産業再生機構の管理下に置かれ、
2006年まで事実上の国有化状態に置かれた。この間経営陣の刷新、財務体質の強化、遊休資産の売却等を進め、構造転換を図った。主力の
コークス事業においては、北九州事業所の休止コークス炉を再稼動させ
新日本製鐵との間に長期供給契約を締結し安定供給を実現、また新素材事業では、
ナノアルミナのパイロットプラントが竣工、更に
東レなどとともに再生
炭素繊維事業を立ち上げ、本業派生事業の拡大に注力している。更に経営資源を集中化するため、07年度をもっての石油卸売事業からの撤退も表明した。今後はコークスのみに頼らない第二の柱となる事業を強化していくことが喫緊の課題であるが、粉粒体事業、新素材事業ともに足腰の弱さは否めず、今後の経営戦略が問われることになる。