慶應義塾體育會蹴球部 wikipedia|無料辞書
◆ 概要
日本ラグビーのルーツ校であり、
日吉のグランドにはラグビー発祥の地として記念碑が建てられている。
1899年、当時慶應義塾の英文学教員であったイギリス人
エドワード・B・クラークがケンブリッジ大学留学から戻った
田中銀之助と共に、慶應の学生達に指導したのが始まり。
早稲田大学との
慶早戦は毎年、
勤労感謝の日に行われ、
秩父宮ラグビー場を満員にし、NHKの中継もある。ジャージが黒黄の縞のことから、タイガー軍団とも呼ばれる。
「魂のタックル」といわれる泥臭いスタイルが特徴。近年はBKに好選手を擁し、ワイドな展開ラグビーには定評がある。
2009年度現在、監督は
林雅人である。
1985年度には対抗戦4位ながら、大学選手権で2年連続決勝に進出し
明治大学と対戦。12-12の引き分けで両校優勝となる。抽選の結果、
日本選手権に進出し、
トヨタ自動車と対戦。18-13で勝利し、初の日本一に輝いた(このときの監督は
上田昭夫)。
1985年度以降はしばらく低迷したが、
1998年度には13年振りに大学選手権に出場。準決勝に進出し、明治大学と対戦したが、ロスタイムに逆転を許し18-24で敗退した。
翌
1999年度にはラグビー部創設100周年を迎え、上田監督、
高田晋作・
栗原徹・
野澤武史等の活躍により、対抗戦を全勝優勝。大学選手権では決勝で
関東学院大学を27-7で破り、通算3度目(単独では初。過去2回は同点両校優勝)の大学日本一を経験している。
2000年度も対抗戦を全勝優勝し、大学選手権2連覇の期待が高かった。しかし、準決勝で強風と
法政大学の激しいタックルのためにリズムを崩し(法政の度重なるハイタックルなどの反則も含む。この試合は法政3人・慶應1人にシンビンが出る荒れた試合であった)、13-15で敗退した。
2007年度には山田・中浜・小田・出雲などBKに好選手を擁し、6年ぶりに大学選手権準決勝に進出し、明治大学と対戦し、34-27で初めて大学選手権で明治を破った(この年度、明治と2度対戦し、2引き分け<春の招待試合:31-31・対抗戦:29-29>で、3度目の対戦であった)。そして8年ぶりに決勝に進出し、1968年度以来、39年ぶりに決勝で
早稲田大学と対戦したが、6-26で敗れ準優勝に終わった。
◆ タイトル
・: 1980、1984、1999、2000
・: 1968(
早大と同点両校優勝)、1985(
明大と同点両校優勝)、1999
準優勝:3回(1977、1984、2007)
・: 1985
:※年は全て年度。
◆ 早明2校との戦績
・ 対早稲田大学戦 20勝68敗6分け(対抗戦 19勝61敗5分、大学選手権 1勝7敗1分け 2008年度現在)
・ 対明治大学戦 34勝52敗4分け(対抗戦 33勝47敗3分、大学選手権 1勝5敗1分け 2008年度現在)
◆ 戦績
ここ10年間のチームの戦績は以下のとおり。