1588年までに女真の建州女直を統一し、
マンジュ国(満州語manju gurun, 満洲国)を建てていた
アイシン=ギョロ(愛新覚羅)氏の
ヌルハチ(努爾哈赤)は、
1593年に海西女直との戦争に入って勢力を拡大した。ヌルハチは
1616年までにイェヘ部族を除く全女真を統一して、この年
ハンの位につき、
天命の年号を立てて
明からの独立を宣言した。ヌルハチはこのとき国号を
アイシン国(満州語aisin gurun, 金国)と定めたので、かつて12世紀に
完顔阿骨打の立てた
金と区別してこの国を「後金」と呼ぶ。はじめ首都は
1603年以来のヌルハチの居城
ヘトゥアラ(興京)に置かれた。
ヌルハチの死後、後継者
ホンタイジ(皇太極)は
内モンゴルを平定し、
朝鮮を服属させ、女真の民族名を満洲(満州語manju, 満州)に改めた、1632年(天聡6年)には
ダハイ(達海)に命じて満州文字を無圏点文字から有圏点文字に改良した。
1636年に国号を
大清(満州語daicin gurun,ダイチン国)に改めた。清は
1644年に明滅亡後の中国に進出し、
1911年の
辛亥革命に至るまで中国を支配したため、中国最後の統一王朝に数えられている。