中京大時代は、1970年からインカレ三連覇。大学卒業後は
大昭和に入社し活躍。1973年から日本選手権2連覇。1974年には
梁川昌三が樹立した52m22の日本記録を10年ぶりに更新する52m86の日本新記録をマーク。1975年、53m18の日本新記録を樹立。1976年から日本選手権4連覇。1979年4月22日、60m22の日本新記録を樹立した。この記録は、約30年間も破られておらず、日本人初の60m台にして長らく日本人唯一の60m台の記録であった(2007年、
ゼンリンの
畑山茂雄が日本人二人目の60mスローを果たした)。 引退後は後進の指導にあたったが、程なくして陸上界の一線から身を退いた。後に
オーストラリアに移住した。