1950年代後半から
NHKでプロ野球中継の解説者として活躍し、「
そりゃーもう、なんと申しましょうか」というおなじみの台詞と、
志村正順アナウンサーとの名調子でファンからの絶大なる信頼を集めた。また、
1955年(昭和30年)
6月7日の
後楽園球場での
巨人対
中日戦で巨人の打者
藤尾茂が
杉下茂の内角への鋭いシュートを股間に受けた際に(「なんとこともあろうに藤尾のキ…」とうっかり放送禁止用語を喋りそうになって)言葉に詰まった志村アナウンサーを尻目に、「まぁ、なんと申しましょうか…藤尾君の今の痛さばかりは
ご婦人方には絶対にお分かりになられない痛みでして」の名言でその場をつないだ逸話も有名。
1971年に
野球殿堂入り。1977年(昭和52年)6月9日死去、
享年81。
大和球士とともにテレビ中継草創期の名解説者だった。