2001年、
2002年に中央競馬で20勝以上を挙げ、JRAの騎手試験の一次試験の筆記試験(国語・数学・競馬法規)が免除され二次試験(技能試験と面接)から受験できる資格を得た。
2003年の同試験に合格し、
2004年にJRAへ移籍。兵庫県競馬組合所属としての最後の勝利は、特別に「フェアウェルステージ」と改称されたレースで同じくJRAへ移籍する
赤木高太郎をマッチレースの末、クビ差抑えてのものだった。通算勝利は3376勝。
2008年4月13日、
桜花賞をレジネッタで制し、JRA移籍5年目にして初のJpnI(GIを含む)勝利を飾った。同年の
スプリングステークスをスマイルジャックで制するなど同年のクラシック世代で活躍していることから、桜花賞実況の
馬場鉄志(
関西テレビアナウンサー)をして「今年は小牧の年か!」と評するなど、今後の活躍が期待されている。なお、桜花賞以後もレジネッタを優駿牝馬で5番人気3着、東京優駿ではスマイルジャックを12番人気で2着に好走させ、それぞれのレースで3連単44万馬券、20万馬券となるのに一役買うなど、2008年の3歳春クラシックを盛り上げたジョッキーの一人である。また、夏にはカノヤザクラで
アイビスサマーダッシュ、
セントウルステークスを制して
サマージョッキーズシリーズに優勝、JRA移籍後初となるワールドスーパージョッキーズシリーズへも参戦した。
なおJRA所属となってからも兵庫への参戦は活発で、2004年に条件レベルの交流戦を中心に地方全体で10勝を挙げ、兵庫での重賞成績は4戦2勝2着2回。三冠の
園田ダービー、
菊水賞では兵庫所属の
ホクセツガーデンに騎乗している。なお、現在でも時々兵庫で地元馬に騎乗する事があるが、
岩田康誠のように以前の勝負服を着用する事は無い(毅が勝負服を受け継ぐ前から)。ただし、必ず緑色ベースの貸し服を着用するのでかつてのイメージは残されている。