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「小城錦康年」||スポーツ-master.com 【05/28update】

小城錦康年 wikipedia|無料辞書

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小城錦 康年(おぎにしき やすとし、1971年7月8日 - )は、千葉県市川市出身で出羽海部屋所属の元大相撲力士。得意手は左四つ、寄り。最高位は東小結(1997年7月場所)。現在の中立親方である。身長186cm、体重138kg、本名は小岩井康年(こいわい やすとし)。父は元関脇小城ノ花正昭、兄は元前頭小城ノ花昭和(現・年寄高崎)、趣味はサッカー、スポーツ観戦、血液型はA型。

◆ 来歴
1987年3月場所初土俵1991年11月場所新十両1993年5月場所新入幕、2004年1月場所限りで引退した。
新入幕を果たした1993年5月場所では9勝6敗と勝ち越したものの、翌7月場所は4勝11敗と大敗して十両に陥落。再入幕の11月場所(前頭16枚目)で11勝を挙げて敢闘賞を受賞。東前頭5枚目で迎えた1994年1月場所は7勝8敗と惜しくも負け越したが、続く3月場所で、優勝した横綱から金星を奪うなど9勝を挙げて技能賞を獲得、当時新鋭だった武双山魁皇とともに「若手三羽烏」と呼ばれて将来を期待され、3人で相撲雑誌の表紙を飾ったこともある。東前頭筆頭で迎えた5月場所は7勝8敗と惜しくも負け越し、小結昇進はならなかった。以降は、故障がちで低迷を続ける。幕内下位では勝ち越すものの、横綱・大関との対戦がある上位では大負けする時期が長く続いた。
復調の兆しを見せたのが、東前頭4枚目で迎えた1996年11月場所である。6勝9敗と負け越しはしたものの、優勝した武蔵丸若乃花貴ノ浪の3大関に勝利した。幕尻(前頭15枚目)で迎えた1997年3月場所では、三賞こそ逃したものの11勝を挙げる。西前頭5枚目で迎えた5月場所にも11勝を挙げて技能賞を獲得し、完全復活を印象づけた。この頃から小城錦の左四つから一気に寄る相撲の取り口は「速攻相撲」と呼ばれるようになる。
同年7月場所では念願の小結昇進を果たすが、5月場所千秋楽土佐ノ海戦で負けた際に傷めた膝の故障の影響で、4勝11敗と大負けし、以降三役に復帰することはなかった。それでも上位ではたびたび善戦し、西前頭3枚目で迎えた1998年5月場所では横綱貴乃花(金星)、優勝した大関若乃花、大関貴ノ浪に勝利し、8勝7敗で殊勲賞を受賞している。
しかし、同年9月場所で右上腕三頭筋筋挫傷により途中休場すると、再度低迷するようになる。1999年7月場所でついに十両に陥落した(この十両陥落で出羽海部屋の幕内力士が100年以上振りに途絶えた)。十両では格の違いを見せ、2000年3月場所に幕内復帰を果たすが、今度は左上腕三頭筋断裂の不幸に見舞われ、2001年7月場所に十両陥落。以降は幕内と十両を行ったり来たりした。2002年5月場所に十両に陥落すると、以降幕内に復帰することはなかった。幕下陥落が決定的になった2004年1月場所限りで引退し、中立を襲名。
横綱・大関戦に善戦し、特に貴ノ浪に強かった。優勝力士に4度土をつけている。

◆ エピソード
・東前頭15枚目で迎えた1997年3月場所で11勝を挙げて三賞候補に挙がりながら受賞を逃した。審査では「十両力士?」と悪い冗談が出たほど当時の小城錦は長期に渡り低迷していた。その翌場所、上位でも11勝をマークして雪辱を果たすこととなる。
・西前頭5枚目で迎えた1997年5月場所の千秋楽に土佐ノ海戦で勝利していれば技能・敢闘のダブル受賞に加え新三役は小結を飛び越えて父と並ぶ関脇での昇進が約束されていた。

◆ 主な成績
・生涯戦歴:605勝585敗107休(102場所) 勝率.508
・幕内戦歴:299勝359敗47休(47場所) 勝率.454
・三賞:殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞2回
・金星:2個(曙1個、貴乃花1個)
・十両優勝:2回

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・主な力士との対戦成績(幕内)