1939年1月15日日曜日、
大相撲春場所4日目の
双葉山・
安芸ノ海戦の
中継放送を担当し、全国的に知られるようになった。和田は初日から4日までの担当であった。実況では「双葉敗る、双葉敗る、双葉敗る、時、昭和14年1月15日、旭日昇天まさに69連勝、70勝をめざして躍進する双葉山、出羽一門の新鋭安芸ノ海に屈す、双葉70勝ならず」と叫んだことで知られる。それ以後も
相撲や
野球の実況でカリスマ的な人気を誇った名アナウンサーである。アナウンサーとしては不世出の天才であるとされ、その華麗で、情緒に溢れ、
語彙の豊富な中継は、磨き上げられた芸にも例えられた。和田は自分の中継を「
瞬間芸術」と呼んでいた。