吉野は
民本主義の思想家として知られている。民本主義はDemocracyの訳語であり、
大日本帝国憲法下においては天皇主権が法理学上の建前であったため、
民主主義(主権在民)という言葉を避けてこの語が用いられた。吉野の民本主義論の主眼は、いかにして国民がよき政治主体となるかではなく、いかによき執政者を選択し、かつ監督するかという点にあった。すなわちそれは、
普通選挙の提唱・推進ではあっても、政治主体としての国民大衆を想定したものではない。また、
軍部が
閣議を経ずに直接的に天皇に上奏(惟幄上奏 いあくじょうそう)することを、「戦時」のみならず「平時」においても存在する二重権力だと解釈したため、のちの
統帥権問題にまつわる一因ともなった。