戦後は投てきに転向し、円盤投と
砲丸投に活躍。1950年、関東選手権で円盤投に出場し、42m58の日本新記録を樹立した。1952年、
ヘルシンキオリンピックで円盤投に出場し、4位入賞を果たす。同年、平和台リレーカーニバルで43m63の日本新記録を樹立している。1956年、メルボルンオリンピックに出場。
後年、マスターズ陸上に参加。1987年、W65クラス円盤投に出場し、24m90の日本マスターズ新記録を樹立。1990年にはW70クラスで25m80を投てきし、このクラスでも日本マスターズ新記録を樹立した。