2002-03シーズン、バックスで47試合に出場後シーズン途中で、
ゲイリー・ペイトン等とのトレードにて
シアトル・スーパーソニックスへ移籍する。2003-04シーズンには、オールNBAセカンドチームに選出。2004-05シーズンにはチームメートの
ラシャード・ルイスと共に下馬評を退け、カンファレンスセミファイナルに導いた。2005-06シーズン、アレンはソニックスと5年で契約更新。一試合平均25.1得点を記録しリーグを代表するスコアラーへと成長する。
2007年1月12日の
ユタ・ジャズ戦では、キャリアハイとなる54得点を記録。しかしその後すぐ、怪我のため両足首を手術し2006-07シーズンを終えた。
2007年6月28日、アレンは
グレン・デイビスとともに
デロンテ・ウェスト、
ウォーリー・ザービアック、
ジェフ・グリーンとのトレードで
ボストン・セルティックスへ移籍した。同時期に移籍した
ケビン・ガーネット、セルティックス生え抜きの
ポール・ピアースらと共にチームの快進撃を支える。ビッグスリー擁するセルティックスはレギュラーシーズンを1位で勝ち抜け、プレーオフに出場。プレーオフでは極度の不振に陥るも数字に残らない面でチームを支え、2勝2敗で迎えた
デトロイト・ピストンズとのカンファレンスファイナル第5戦では29得点を挙げるなど完全に復調。ピストンズを4勝2敗で退け、アレンにとって初めての舞台である
NBAファイナルへと進出した。下馬評では激戦の西地区を順当に勝ち上がってきた
ロサンゼルス・レイカーズ有利の声が多かったが、セルティックスは持ち前のディフェンス力をいかんなく発揮し、レイカーズを4勝2敗で下しセルティックスにとって22年ぶりの、そしてアレンにとって悲願の優勝を成し遂げた。アレンはファイナル6試合で平均20.3得点、FG50.7%、3ポイントシュートは42本中22本成功と52.4%を記録してピアースとともにチームのオフェンスをリードし、ディフェンスでもアレンと同期であるレイカーズのエース、
コービー・ブライアントとマッチアップし、好ディフェンスを披露してチームに大きく貢献した。第6戦では、NBAファイナルのタイ記録となる7本の3ポイントシュートを決めた。