北米では
フレンチ・インディアン戦争と呼ばれる
七年戦争の結果、フランスはカナダ植民地と(ニューオリンズ付近を除く)ミシシッピ川以東の地を
イギリスに割譲し、残りのニューオーリンズ市及びミシシッピ川以西も
1762年のフォンテヌブロー条約でスペインに譲渡された。なおカナダ東部沿海
アカディア植民地(英名
ノヴァスコシア)のフランス系住民は
1755年英国王に対する忠誠表明を拒んで強制追放され、当時まだフランス領だったルイジアナに大挙して移住し、ルイジアナのフランス系人口を飛躍的に増大させた。これらフランス系住民は
ケイジャンと呼ばれる。スペインを支配した
ナポレオンは
1800年にルイジアナをスペインから取り戻したが、
1803年には財政上の必要などから
アメリカ合衆国に
売却した。ルイジアナは1762年から1800年までスペイン領だったが、この間行政官はスペイン人だったとしてもスペイン人植民者はほとんど入らず、フランス系社会が存続した。つまりルイジアナ州はフランス系植民社会としての歴史を100年以上もっていることになる。