政界入りする前のラジーヴは、
パイロットとしてに勤務し、学生時代に知り合った
イタリア人、ソニア(
ソニア・ガンディー)と結婚していた。彼は、母が首相であったにもかかわらず、政治には関心が無かったが、弟で母の政治的後継者と目されていたサンジャイ・ガンディーの死により、政界入りを決意したといわれる。1984年、宗教的狂信者によって母が暗殺されたことをうけて、
インド国民会議の幹部達は彼にインド首相となるよう説得した。ラジーヴは、1984年の
選挙でインド国民会議を勝利に導き、議会で最多
与党とした。インド国民は、腐敗の無い清潔な政治家、誠実に近代改革を行う若々しい政治家というイメージを彼に持っていた。実際、彼は政府の
官僚的システムを解体し、
電気通信、
工業、
教育システムの近代化、科学技術の発展に尽力した。