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「メルボルンオリンピック」||スポーツ-master.com 【05/27update】

メルボルンオリンピック wikipedia|無料辞書

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メルボルン
|参加国・地域数 = 67
|参加人数 = 3,178人
|競技種目数 = 17競技145種目
|開会式 = 1956年11月22日
|閉会式 = 1956年12月8日
|開会宣言 = フィリップ・マウントバッテン
|選手宣誓 = ジョン・ランディ
|審判宣誓 =
|最終聖火ランナー = ロン・クラーク
|主競技場 = メルボルン・クリケットグラウンド
-->
ストックホルム
|参加国・地域数 = 67
|参加人数 = 159人
|競技種目数 = 1競技6種目
|開会式 = 1956年6月10日
|閉会式 = 1956年6月17日
|開会宣言 = グスタフ6世アドルフ
|選手宣誓 = ヘンリー・サン・シール
|審判宣誓 =
|最終聖火ランナー = ハンス・ウィクネ
|主競技場 = オリンピアシュタディオン
-->
メルボルンオリンピック(Games of the XVI Olympiad)は、1956年11月22日から12月8日まで、オーストラリアメルボルンで行われた夏季オリンピックである。

◆ ハイライト
夏季オリンピック史上初めて、南半球で行われた。
・ 3つの国際情勢によりボイコットする国々が相次いだ。ひとつは、イギリスフランスが関与したスエズ動乱に抗議しエジプトレバノンイラクが不参加。2つ目は、ソ連によるハンガリー侵攻に抗議しスペインオランダスイスが不参加。特に水球ハンガリー対ソビエト連邦戦は乱闘騒ぎにまで発展(メルボルンの流血戦)。大会終了後フェレンツ・プスカシュら45人のハンガリー選手が西側諸国に亡命した。3つ目は中華民国の参加に抗議し、中華人民共和国がボイコット。
・ ドイツが前々回のロンドンオリンピックに参加が禁じられて以降、ヘルシンキオリンピックでは西ドイツ選手のみの参加に終わったが、この大会から東ドイツとの連合チームでの参加、その後1964年まで続く。
・ 地元オーストラリアベティ・カスバート陸上競技短距離走で3つの金メダルを獲得し、『ゴールデン・ガール』になった。また、同国のマレー・ローズ競泳で3つの金メダルを獲得した。
・ ソ連のウラジミール・クーツ陸上競技5000メートルと10000メートルで勝利。
・ 閉会式の入場が国別でなく、各国の選手が入り混じって一体となった形をとる初めての大会となった。
・ 陸上が日程の前半であったために、大きなウエイトを占める陸上選手が、早々に帰国してしまい、閉会式が盛り上がらなかった。
馬術競技は検疫の関係で1956年6月10日から6月17日まで、スウェーデンストックホルムで行われた。

◆ 実施競技