彼のファイトスタイルは、しばしば「ボクシングの教科書」と評される。実際にその通りのファイトを展開し、水準以上のスピードを活かして自分の距離を守り、しっかりとした高い防御技術で相手の攻撃を遮断しつつ、素晴らしく美しい
ジャブとコンパクトかつ端正なコンビネーションで対戦相手を痛めつける手堅い試合をする。
北欧の
デンマーク出身であることから「
Viking Warrior(バイキングの戦士)」という物々しい異名とド派手なタトゥーとは裏腹に、実にオーソドックスで美しいファイトスタイルである。活動拠点がデンマーク中心であるため、無敗の快進撃を続けながらもアメリカでの認知度は高くなかったが、
ジョー・カルザゲとの
WBA、
WBC、
WBO3団体統一世界
スーパーミドル級タイトルマッチでの死闘で広く名を売ることになった。ボクシングスタイルと同じくルックスも端正であり、故郷デンマークではモデルとしても活動している。
タイトル統一後、ケスラーはビッグマッチを熱望し、同階級
WBO王者で
イギリスで人気の高い
ジョー・カルザゲと対戦を望んだがなかなか実現できなかった。しかし、2007年
11月3日に両者の対決がカルザゲの母国
ウェールズの
ミレニアム・スタジアムで実現。同対決はお互いにヨーロッパでは大変な人気を誇り、さらに3団体統一、全勝同士のスーパースター対決ということで大変な盛り上がりを見せた。試合は統一戦にふさわしいハイレベルの攻防となったが、旺盛な手数を誇るカルザゲからなかなかペースを奪うことができず、12回0-3の判定負けとなり、ケスラーはタイトルを失った。しかし前述の通り、この試合がケスラーが実力者として本場アメリカでも認められる契機となった。