プリンスホテル wikipedia|無料辞書
売上高 1,882億24百万円(2008年3月期)
総資産 6,905億91百万円(2008年3月31日現在)
従業員数 8,203人(2007年7月16日現在)
特記事項 登記上本店は東京都豊島区南池袋一丁目16番15号
光センタービル。
プリンスホテル (Prince Hotels) は、
西武グループに属し、グループ内でのホテル・レジャー事業会社であり、
西武ホールディングスの子会社。また、
株式会社プリンスホテル(
Prince Hotels, Inc.)が運営する
ホテルブランドである。
◆ 概要
プリンスホテル事業は、鉄道事業を主力事業に据えていた
西武鉄道が鉄道経営とのシナジー効果、
国土計画が主導して計画・立案してしたレジャー事業の一環として著名な観光地への進出、
スキー場などレジャー施設の付帯施設として勢力を日本各地へ伸ばして一大ホテル・レジャー事業を運営する企業へ成長した。ホテルブランドとしてのプリンスホテルは、もともとはすべてを株式会社プリンスホテルが所有・経営していたわけではなく、西武鉄道株式会社や株式会社
コクドなど複数の会社が別々に経営を行っており、統一的な戦略はなかった。
事業拡大に合わせて資金調達に用いられた手法は、銀行などから巨額の融資を得て土地を取得後、ホテルやレジャー施設を建設して土地の付加価値を高め、値上がりした地価上昇分などでさらに融資を受けて新たな土地開発を進めることだった。
マスメディアなどからは「
借金経営」と呼ばれ日本の
高度経済成長期に続いていた地価の上昇などがこの経営手法を可能にさせた。当時の経営基本は「土地は値上がりを待つ」「利益を押さえ節税する」だった。
日本経済が
バブル景気にへ突入した
1980年代からは地価上昇はさらに加速して、土地本位制経営
[[外部リンク] 「コーポレートガバナンス」を考える NIKKEI NET]で融資を受けるビジネスモデルを活かした事業を拡大していたプリンスホテル事業は、さらに積極的なホテルチェーン事業の拡大を推し進めることになった。
1990年代のバブル経済崩壊後は地価の価格上昇による事業計画は軌道修正されたが、
2004年に
堤義明がコクド会長を辞任して会社から去るまで
平成不況期のプリンスホテル事業は基本的にリストラ・事業再編は実施されず、大型ホテルの建設(高輪プリンスホテル さくらタワー、東京プリンスホテルパークタワー)など事業の拡大を続けていた。その後
西武グループが、
西武ホールディングスの元で再編された際に、株式会社プリンスホテルのもとに統合された。
社名は、
皇籍離脱後に財政難に陥った
旧皇族から、安価で買い叩いた土地にホテルを開業した事に由来する(後述の千ヶ滝プリンスで命名されたのが起源)。
2006年7月、高輪地区と品川地区の競合解消のため、2名いた総
支配人を1名にし、高輪地区を上位とする地区統合を行なった。
2007年12月中に、本社を所沢市くすのき台から豊島区東池袋へ移転した。
◆ プリンスホテルブランド再編
2007年4月1日より、プリンスホテルは、3つのカテゴリーに分かれ、ブランドマークやサービスを一新した。
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ザ・プリンス:プリンスホテルのフラッグシップ・ホテル。ザ・プリンス パークタワー東京(旧東京プリンスホテル パークタワー)、ザ・プリンス さくらタワー東京(旧高輪プリンスホテル さくらタワー)、ザ・プリンス箱根(旧箱根プリンスホテル)、ザ・プリンス軽井沢(旧軽井沢プリンスホテル南館)
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グランドプリンスホテル:グランドプリンスホテル赤坂(旧赤坂プリンスホテル)、グランドプリンスホテル高輪(旧高輪プリンスホテル)、グランドプリンスホテル新高輪(旧新高輪プリンスホテル)、グランドプリンスホテル京都(旧京都宝ヶ池プリンスホテル)、グランドプリンスホテル広島(旧広島プリンスホテル)
・ プリンスホテル:その他のプリンスホテルは、同じ名称で営業を行う。
◆ 沿革
・ 2007年4月1日 プリンスホテルを再編し、3つのカテゴリーに分ける。ロゴマークを変更。
◆ 国内運営ホテル・旅館・宿泊施設
◇ ザ・プリンス
◇ グランドプリンスホテル