藤原組の母体であった新生
UWFの流れを汲む。「完全実力主義」を標榜し、
カール・ゴッチに師事を受け、鍛え上げられた肉体と「
秒殺」という流行語を生み出すほどのハイスパートな真剣勝負で多くのファンを魅了する。しかし、団体立ち上げからしばらくすると、選手のコマ不足やグラウンド技術向上による防御に徹して負けない試合をする選手が現れ始め、「ぬるい」試合が続出し、後に修斗から不正試合を指摘される原因となる(船木がリング上で「潰し合いは嫌なんだ!」と叫んだこともある)。パンクラス初期のあっという間に勝敗が決まる「秒殺」や、
ヒールホールド等の関節技に終始する試合は、コアなファンを自認する一部の層には受け入れられたが、一般層には「分かり難い」という弊害も存在した。
現在は9つの道場に分かれている。船木は、
2000年に「
コロシアム2000」で
ヒクソン・グレイシーに敗れ引退。この後パンクラスは競技団体としての色合いを濃くしていった。階級整備、ルール整備などが行われ他団体からの参加選手も目立つようになったが、パンクラス所属選手への身びいき的判定は「パンクラス判定」などと揶揄され、参加団体のSKアブソリュートからは、競技の公平性について抗議を受けている。実際、パンクラスのトレーナーとレフェリーが同一人物であったり、レフェリーがパンクラス所属であったりと、競技性を徹底的に追求する
修斗と比較すると、いかにもプロレス団体風のアバウトさが目立つのも事実である。同時に競技性を追求しすぎたゆえ、集客力のあるタレント力をもった選手を保持することができず、業界内で脚光を浴びる地位を得られないことを感じた選手たちは次々と離脱。
バス・ルッテン、
ケン・シャムロック、
フランク・シャムロック、
セーム・シュルト、
須藤元気、
美濃輪育久、
ガイ・メッツァー、
國奥麒樹真など多くの優秀な選手がパンクラスを離れている。近年はチャンピオンやランカーの
PRIDEなど他興行への積極的チャレンジを行い、地位回復を目指している。