1991年6月、実権はエヤデマ大統領から
ジョセフ・コクー・コフィゴー首相に移ったが、大統領派の軍が反発し首相官邸を襲撃。12月に国民統一暫定政府を樹立。
トーゴ人民連合(RPT)による一党独裁から
複数政党制へ移行後初めての大統領選が1993年8月行われ、エヤデマ大統領が当選。1994年2月、議会選で大統領
与党であるRPTが過半数割れし、
野党の革新行動委員会(CAR)が第1党に。エヤデマ大統領は4月、野党第2党であるトーゴ民主連合(UTD)の
エデム・コジョ党首を首相に任命。1996年8月の選挙では与党RPTが過半数を回復し、コジョ首相は辞任。エヤデマ大統領は新首相にRPT党員の
クワッシ・クルッツェ計画・地域開発相を任命。
1998年6月21日の大統領選でエヤデマ大統領が当選したが、野党陣営は不正があったとして反発。1999年3月の総選挙では野党がボイコットする中、
与党RPTが81議席中79議席を獲得した。5月エヤデマ大統領は新首相に
ウジェーヌ・コフィ・アドボリを任命したが、2000年8月経済立て直しの遅れを理由に、議会が首相の不信任案を可決し、アドボリ首相は辞任。エヤデマ大統領は後任首相にアベヨメ・コジョを任命。
2002年8月、CARなど4つの主要野党は対RPT連合の結成で合意、与野党の対立が深まった。エヤデマ大統領は2002年6月27日、「議会選に向けた体制準備」としてコジョ首相を解任、RPT党員の
コフィ・サマ国民教育研究相を後任に任命。議会選は10月27日に実施され、RPTが81議席中72議席を獲得して圧勝。野党はボイコット。ほぼRPT支配下の議会は12月30日、大統領の3選禁止事項を撤廃する
憲法改正案を可決した。