フリースタイルモトクロスでの活躍が最も有名で、14歳でチャンピオンとなった後、誕生間もないこの競技において新技を次々と編み出し、現在も常にフリースタイルモトクロスの第一線にいる。2006年8月4日に
ロサンゼルスで開催されたエックスゲームズ12では、世界で初めて公式競技の場でダブル・バックフリップ(後方2回転宙返り)を成功させ、モトX・ベストトリック部門の金メダルを獲得した。このジャンプには審判員のうち一人を除いて全員が100点満点中の100点をつけ、最終スコアは98.60点であった。その後パストラーナは、ダブル・バックフリップに再び挑むつもりはないことを明らかにした。この大会の終わりに膝を負傷したため、彼はモトX・フリースタイル優勝のウィニングランをすることができなかった。
モトクロスでは小排気量クラスにおいて強みを発揮し、2000年の
AMAモトクロス125ccクラスと、2001年の
AMAスーパークロス東地区125ccクラスでチャンピオンになった。彼の、危険を顧みないレーシングスタイルはどのレースでも参加者たちにとって脅威となっている。パストラーナの立ち乗りスタイル、ジャンプの組合せを見付ける力、そしてなによりスピードによって、彼はトラックで非常に目立つ存在である。ただ、近年は怪我もあってかFMXに注力しており、モトクロスのレースにはあまり出場していない。
2003年には
レース・オブ・チャンピオンズでラリーに挑戦、2004年には
スバルのヴェルモント・スパーカー・ラリー・チームでドライバーを務めた。2006年、パストラーナは
ラリー・アメリカ国内選手権のドライバースタンディングで総合優勝を史上最年少で獲得。その後、2007、2008シーズンとラリーアメリカを3連覇している。2006年8月5日、エックスゲームズで初開催となったラリーカー競技で金メダルを獲得した。このレースにはラリーの伝説的ドライバーである
コリン・マクレーが参加しており、マクレーが最後のジャンプで車を横転させるクラッシュにみまわれた後の、わずか0.53秒という僅差での勝利だった。 2007年から
世界ラリー選手権のプロダクションカー(P-WRC)クラスに参戦。デビュー戦の第4戦
コロナ・ラリー・メキシコで総合15位、クラス5位で完走した。2008年も参戦した。また2008年に、スコットランドラリー選手権最終戦
コリン・マクレーフォレストステージズ・ラリーのヒストリカルクラスに参戦。
フォード・エスコートマーク?を駆り36位で完走した。ちなみに、現在のトラビスのコ・ドライバーは、
コリン・マクレーとコンビを組んだ経験のある、デレク・リンガー。
パストラーナは負傷が多く、今までにしばしば、数週間もしくは数ヵ月戦列を離れることとなる怪我をしている。数度かにわたる震盪や背骨の骨折を経験し、また、軟骨の変性による膝の深刻な問題を抱えている。