1743年春、このような状況から、イギリス軍はオーストリア軍の要請に応じ、その軍勢をネーデルランドからドイツへ進出させることにし、ヘッセン・カッセル軍は残してイギリス、ハノーファー軍とオーストリア軍の一部でバイエルンを目指して東進を始めた。あわせて
ジョージ2世は自ら戦場に出ることにした。一方フランスでは北でネーデルランドを睨んでいた
ノアイユをライン左岸に集めた軍の指揮官に据えて、三たびドイツに軍を派遣してなんとかバイエルンを守ろうとしたものの、このころオーストリア軍はバイエルンに再侵攻、
ゼッケンドルフのバイエルン軍を排除してこれを占領するにいたった。
皇帝カール7世は
ミュンヘンから逃亡、ブロイはバイエルン防衛を断念して西に撤退した。