フィロストラトスによると、祭壇に供物を捧げる際に行なわれた競走が起源で、祭壇までの1
スタディオンを最も速く走った者に、供物に点火する名誉が与えられたという。
[フェレンス・メゾー(大島鎌吉訳)「古代オリンピックの歴史」、ベースボール・マガジン社、1973年、p.89.]スタディオン走の名前はこの距離単位であり、同時に
競技場を意味したスタディオン(
スタジアム)に由来する。1スタディオンの距離は地域によって差があった。詳細は
スタディオンを参照。
競技では当初は
褌のようなものを着用していたが、のちに全裸で行なうようになった。出場できるのは男子選手のみだった。抽選でスタート位置を決めたのち、
ラッパや掛け声などを合図にスタートした。多くの場合、選手たちはスタートラインに敷かれた石の
スターティングブロックの2つの溝に両足のつま先をかけ、腕を前に伸ばした形の
スタンディングスタートで位置についた。
[クラウチングスタートも存在はしていた。 cf. 佐藤昇「走る、闘う」、桜井万里子・橋場弦編『古代オリンピック』岩波新書、2004年、p.109.] フライングをした選手には
鞭打ちのペナルティが与えられた。
選手たちは1スタディオンの直線コースを太ももを高く上げ、両腕を大きく振りながら走った。
コリントの信徒への手紙で
聖パウロが書いているように、競技会で賞を手にすることができるのは優勝した選手のみであった。
[「コリントの信徒への手紙一」9章24節。] 古代オリンピックでは、スタディオン走の優勝者にはその名前が大会全体の呼び名として用いられるという格別の栄誉が与えられ、例えば
コロイボスがスタディオン走で優勝した古代オリンピックの第1回大会は、コロイボス・オリンピックと呼ばれた。
[ジュディス・スワドリング(穂積八洲雄訳)「古代オリンピック」、NHK出版、1994年、p.66. 西川亮・後藤淳「オリンピックのルーツを訪ねて 古代ギリシアの競技大祭」、協同出版、2004年、p.71.] 勝つために競走相手をつかむ、転倒させる、走路妨害をする、といった不正もあったという。
成年男子に合わせて実施された少年の部や、女性が出場できた一部の競技会でも短距離走は行なわれたが、少年は成年男子の2分の1、女性は6分の5の距離というように、いずれも1スタディオンより短い距離だったとされている。[メゾー、前掲、pp. 232, 237. ]