1989年に
AWAにて
プロレスデビュー。日本には翌年
1990年に初来日。アームレスリングの活躍や映画出演などの触込みから来日前からかなり期待されていた。入場曲は出演映画のテーマソングである。日本初試合では、
馳浩、
佐々木健介のダブル攻撃を食らっても倒れず、
長州力のラリアットも何度も食らうが、すぐにケロっと立ち上がるタフさを見せ、観客を沸かすと共に勝利も手にした。その後新日本の常連外人として、トップ外人に登りつめる。
1992年には、
トニー・ホームとともに第20代IWGPタッグ王座、翌年にも
ヘラクレス・ヘルナンデスと同王座に輝いている。新日本のレスラーはいつしか
ノートン越えがトップレスラーの証だといわれるようになった。ニックネームの超竜は週刊ゴングの金澤克彦が命名。初来日以前は、怪豪と呼ばれていた。