その後2002年に再びメリーランドに戻ったアレクサンダーはリンガノリ高校に進学。最終学年には14.8得点7.0リバウンドを記録し、さらにシーズン通算90ブロック、FG成功率58.0%は同校の新記録となった。しかし当時のアレクサンダーは地方校の名もないエースの一人に過ぎず、
NCAAのデビジョンIIやデビジョンIIIの大学からは勧誘はあったものの、デビジョンIのエリート大学からの誘いは皆無だった。そこでアレクサンダーは奨学金を得るために
バージニア州のハーグレーブ
陸軍士官学校に通うことを決心。士官学校では
サム・ヤングら後のカレッジスターとなる選手が在籍したため、出場時間は殆ど得られなかったが、2004-05シーズンの1シーズンだけ通った後に奨学金を得て、
ウェストバージニア大学に進学することができた。
念願のデビジョンI所属校に進学を果たしたものの、1年目は殆ど出場時間が得られず、10試合の出場で1.3得点の成績だった。しかし2年目の2006-07シーズンになるとようやくアレクサンダーの才能が認められ、全試合に先発出場を果たして10.3得点4.3リバウンドと大きく数字を伸ばすと、3年目の2007-08シーズンにはチームのエーススコアラーとなり、16.9得点6.4リバウンドを記録して
ビッグ・イースト・カンファレンスのオール1stチーム、
AP通信選出のオールアメリカに選ばれた。士官学校時代のチームメイト、サム・ヤングが在籍する
ピッツバーグ大学との試合では32得点を記録し、ウェストバージニア大としては28年ぶりとなる2試合連続30得点以上を達成、
NCAAトーナメントではSweet16まで勝ち上がった。