深夜の繁華街を猛スピードで走り回ることから、昭和40年ごろから「サーキット族」、「街道レーサー」と呼ばれるようになる。また、四輪車で走り回る者も出現するようになるとともに、オートバイは排気量の大きい750ccのものが憧れの的となり「
ナナハン族」という呼び名も生まれる。この頃までは世間や警察の目も、「麻疹のようなもの」、「若者の文化」と寛容で、騒音以外はさほど大きな問題にはされなかった。
昭和40年代後半になると、若者の多くが高校に入ると同時に二輪車運転免許を取得するようになる。昭和50年代に入って若者でも買えるオートバイが発売されると、自動車やオートバイが特別好きなわけではない若者にも爆発的に普及し、オートバイを乗り回すのが当たり前の風景となるほど大衆化、低年齢化する。
それとともに、いわゆる
不良グループの少年たちにも広がると、このようなグループは「武闘派」と呼ばれ、速さや運転技術を追求するよりも目立つことを目的にするようになる。低速で蛇行運転や
箱乗りを繰り返したり、
鉄パイプを振舞わすなどして他の武闘派グループとの抗争に明け暮れ、また、走りを追求するグループや一般市民への傷害・窃盗事件も引き起こした。すると次第に社会的な批判が大きくなり、警察も取り締まりを強化し「
三ない運動」などが巻き起こる。この頃から、不良グループに限らずカミナリ族全体のことを、「
暴走族」と呼ぶようになった。